読書記録「リラの花咲くけものみち」藤岡陽子著

 私は著者の藤岡陽子さんもこの本の存在も知らなかった。あるとき新聞を読んでいると小さな記事が目にとまった。そこには「リラの花咲くけものみち(光文社)刊行記念講演 講師 藤岡陽子さん「獣医学のおもしろさ」と書いてあった。新聞に獣医学のことが掲載されることはとてもめずらしい。しかも私はこの分野に何故か詳しい。抽選だが「無料招待」と書いてあったので、すぐに応募した。

 講演会は折しも文化の日だった。本の著者の講演会に参加するのは初めてなので、緊張してしまった。会場には100名ほどの人がいたと思う。入り口で本の販売もしていたが、まずはお話を聞いてから買うかどうかを決めようと思った。藤岡陽子さんは京都の出身で同志社大学文学部を卒業(頭がいいんですね)、新聞社に勤めたそうだ。その後が少し変わっていて、退社後はアフリカの大学に留学して、またその後に看護師になったという経歴を持つ。作家になってからは看護師を題材とした作品もあるらしいが、なにせ何も読んでいない。ちなみに現在も看護師と作家の二足のわらじだそうだ。私の印象は「とても元気な女性!」だった。

 この本は幼いときに母親に死に別れて、継母と上手く関係ができず、ひきこもりになった岸本聡里が獣医大学に入学し、徐々に社会性を取り戻し、卒業後は産業動物獣医師になる物語である。著者がこの本を書こうと思ったのは、娘さんが酪農学園大学獣医学類に入学したのがきっかけだそうだ。先ほども書いたが、藤岡さんは元気で好奇心も強い性格だと思う。なので娘さんの獣医学部入学を機に、この分野の小説を書こうと思いついたそうだ。

 本書の内容はすでに少し書いてしまったが、人ともしゃべれない主人公が、慣れない寮生活をしながら、同級生や先輩後輩、アルバイト先の動物病院や大動物実習の獣医師ならびに農家の人々を介して成長してゆく様を描いている。やはり人間って人を介して成長する生き物なんだなとつくづく思った。その間には、先輩への初めての恋や、育ての親である祖母の死があったりして、何回か涙腺がゆるんだ。特記したいのは、獣医学的な記載が正確でとても細かく描かれているということだ。これまでに獣医師が登場する映画やドラマ、漫画などを多く観たが、明らかに獣医学的におかしい場面や記述を発見することが多かった。著者は看護師で医学的な知識はあると思うが、動物治療に関しては知らないはずだ。だから藤岡さんの取材力はとても高い能力だと思われる。さすが元記者だ。

 私は藤岡陽子さんのことも、この本の内容も知らないまま講演会に参加してしまったが、話を聞いているうちに、獣医学生の成長の話であることが分かった。最後に参加者から著者へ質問ができる時間が設けられた。どうやって小説家になれるのか?とか中には息子さんが獣医大学に入学している人からも質問があった。よせばいいのに、私もド緊張の中で手を挙げてしまった。まず私はまだ本を読んでいないことをわびた。何故か会場からはどっと笑いの声があがった(やっぱり事前に読むのが常識みたい)。私は「この本は獣医学生の成長の話を描いたそうですが、是非、獣医師となって社会に出てからの物語を書いてください。なぜなら多くの獣医師が社会で揉まれてすばらしく成長している様を多く観ているからです」と発言した。ここで会場から拍手喝采が起きた。私は会場を盛り上げる素質があるらしい。結局、講演会の後に本を購入しサインを頂いた。

 それから1ヶ月半が経ち、本屋に行くとこの本が新刊のところで山積みになっているのを何回か見た。また今日の新聞にも大きく「はやくも第6刷!」と比較的大きな広告が出ていた。とても売れているらしい。もしかしたら映画化するかな?それを楽しみに待ちたいと思う。