読書記録 「スターシードの目覚め」 エリザベス・エイプリル著
副題「あなたはなぜ地球に生まれてきたのか」
この本の内容は余りにも「ぶっ飛び」過ぎているのでコメントを書くのが難しい。大雑把に言うと現在我々が生活しているこの「3次元」世界は一部であって、いま地球は5次元にシフトしている途中らしい。その世界は時間という概念が無くて、これまでの地球ならびに宇宙の記録が容易に取り出せる世界だそうだ(アカシックレコード)。その世界は3次元の「身体」というものがなくても魂で存在できるらしい。この5次元にアクセス出来れば、過去世の記憶も読み出せる。時間の概念がなければ未来の記憶も読み出せるのかな?読み始めは著者の特別な能力について書かれたものと思ったが、途中から地球全体レベルの話になっていた。やっぱり説明が難しい。この手の本に興味がある人は読むことを薦めます。個人的には面白かったのでもう一度読み返してみたい。なんだか中途半端な感想になってすみません。
読書記録「超訳 ブッダの言葉」小池龍之介翻訳
人生3回目の入院です。
処置が順調に終わったので、たぶん明日は退院だと思います。あまりに暇なのでたまった本を一気に読んでいます。これまでにも読み終わった本を読書記録としてブログに出していました。最近、仕事も趣味も忙しくてブログアップが出来なかったのですが、今回は暇を持て余しているのでアップします。
「ブッダの言葉」は最近文庫本コーナーで1位になっていたので読みたいなと思っていた本ですが、ブックオフで単行本がすごく安く売っていたのですぐに購入しました。内容はブッダの言葉を、超現代風の言葉に訳したものです。たぶん2,000年以上前の内容なのでしょうけど、現在に当てはめても全く違和感がない内容です。短い内容の文章が続くのですが、私の心に響いたものをいくつか紹介したいと思います。
「批判も賞賛も同じ心で」他人から罵られても批判されても、尊敬されても賞賛されても、どちらにしも同じ心でいるように。罵られても「ま、いっか」と受け流す。褒められても「ま、いっか」と受け流す。経集702・・・(私の考え)常に同じ心持ちでいるようにということなのだと思います。
「自分に与えられているものに幸せを見る」どんなにわずかでも、君がそこに幸せを見つけるなら、「足るを知る」充足感で心はきれいに澄んでいく。そのきれいな心の波は、目に見えない高次の生き物たちを喜ばせて惹きつけるだろう。法句経366・・・(私の考え)高価なものでもなく貴重なものでもなく、自分の心が満足していることが大切だということだと思います。その心持ちが高次の存在たちに響いてゆくのでしょうね。
「自由への身へとたどりつく人」自らに向き合う人は「瞑想者ヨーギ」と呼ぶにふさわしい。自分自身の内面を見張り続ける人は、心の安らぎと自由にたどり着く。遺伝子の生存本能に支配され、無意識的に暴走させられ続けてきた奴隷のような状態から、ついに自由への身へとたどりつく。法句経23・・・(私の考え)もっとお金を稼いで良い生活をしよう。もっと長生きしたい。などと考えることは普通のことだと思っていた。でもこの言葉で、そのような考えは「遺伝子による生存本能」からくるものだったと気がついた。それから解き放たれると、なんと気が楽なことか!
「安易な道を選ぶ人」他人を困らせる人。厚かましい人。横暴な人。偉そうにする人。生意気な人。このような人は、自分自身の心を向上させようとする難しい道のりを捨てて、堕落して苦しみを増やしてゆくという安易な道を選んだ。法句経244・・・(私の考え)そうなんだ!人に迷惑をかけている人は、自分の心の修行を放棄した人たちなんだ。
「困難な道を選ぶ人」感情の暴走を抑制する人。欲望・怒り・迷いの「三毒」を薄めようとする人。執着を手放す人。苦しみのないすっきりとした生活を送ろうとしている人。そして自分の心を観察する人。これらの人は、苦しみを取り除いてゆこうとする大冒険の道をあえて選び取った。この人たちの人生はハードだけど挑戦しがいのあるものとなる。法句経245・・・(私の考え)自分の心を常に観察することは大冒険なんだ。
「スピリチュアルなものや人に依存しない」自信がなくなると、人は神様を信じて依存しようとする。スピリチュアルなものに依存したり洗脳されてりすることにより、現実から目をそらし、つかの間の安心を得ようとする。しかしこれは自由を奪われるだけでストレスを生み出す心の仕組みは変わらない。法句経188,189・・・(私の考え)ブッダの時代から人は同じだったのですね。
「私(ブッダ)の言葉にすら依存しない」君が川を渡るためにいかだを作って役に立ったので「これを捨てずに背負って持って行こう」と思ったとする。そんなものを持って行ったらまともに歩けなくなる。君の学歴、職歴も同じである。私の教えも同じこと。私の言葉も真理も使い終わったら捨て去るように。中部経典・・・(私の考え)何でも使い終わったら、執着なく手放す方がいいのですね。
「他の生き物もまた、自分と同様、自分を愛しく思っていることを知る」私(ブッダ)は「自分」よりも愛しいものを探して世界中を求め回ったが、「自分」より愛しいものは見つからなかった。ゆえに自分を愛しいと思うなら、他の生き物を傷つけないように。小部経典・・・自分が愛しいというナルシストは正常だったのですね。
「君にもいずれ、死が訪れる」君にもやがて身体が崩壊し、死が訪れるときがくる。「欲しい欲しい、足りないよ!」という欲望を手放して、安らぐこと。過去からため込んできた思い出へのこだわりを手放して、軽やかに今この瞬間を余計なことを考えずに生き抜くこと。そうすれば、すべてのことに「ま、いっか」と心はすこぶる柔らかくなるだろう。経集・・・(私の考え)良い終末を迎えるために瞬間瞬間を大切に過ごしたいと思う。それが良い生き抜き方になると思う。
今回は説教じみた内容(本当の説教だから仕方ありませんね)ですが、2,000年前といまは全く変わっていないのですね。より良い人生を送りたいと思います。
読書記録「「魔」の避け方 追い祓いかた」 桜井識子著
最近、読書から離れていた。自分からは忙しくするつもりはないのだけど頼まれてついつい予定が入ってしまう。断ることも大切なのだと思うけれども、まだあてにされているのなら役に立ちたいと引き受けてしまう。ダメですねぇ。
そんな時にふらっと本屋に行ったときに目に入った本だ。エッセイ部門で一位の売り上げだったので目立っていた。著者の桜井識子さんの本は以前にも読んだことがある。とても読みやすい文体だ。私のブログを読んだ人はこれまでの私の経験や成り立ちを少し理解していると思うが、この本の題名の「魔」は突然やってくる。私たちも突然に大切な息子を亡くしてしまった。いま思い返してみれば多くのサインがあったと思う。この本を読んで改めて見えない存在からのサインに気付く繊細さを身につけて生きて行かねばと思った。桜井さんも本の中で書いているが、予定通りにいかない時は、見えない存在の方達がブレーキをかけている可能性があるのですね。そういうことに気がつけるようになりたい。
桜井さんは見えない存在である魂、霊、龍、神様、眷属さんたちと意思の疎通が出来るとのことだ。大変なこともあると思うけれども神様と眷属さんたちとコミュニケーションがとれるのは羨ましい。私は話せなくても良いので、少なくともサインを感じられる様になりたいと思っている。それで十分だと思う。
ソプラノサックス始めて15ヶ月経過しました
昨年の1月8日にベトナムポップスにハマっているというブログを出したまさにその日にソプラノサックスを始めた。ベノーバというプラスチック製のサックスを2022年7月から習い始めたが、それだけでは物足りなくなって2023年8月にソプラノサックスを購入する決意をした。しかし国内のサックス製作者が減少した影響で、入手したのが2024年1月だったのだ(一般的なストレート管)。
それから15ヶ月間、ほぼ毎日練習をしている。実は昨年の2024年11月末に台湾出張時に2台目のソプラノサックスを入手した。今度はカーブド管(アルトサックスと同じ形)。楽器の色がとても渋くて良い!一目惚れだった。実は台湾は世界のサックスの75%を作っているのをご存知だろうか?この時は台中のサックス博物館 (工場併設)まで行って衝動入手してしまった。
私がベノーバを始めたのと同じときにサックスを始めたココりんさんという女性がいる。偶然、私と同じ歳だった。私がサックスを始めたきっかけは、息子が亡くなって何もやる気が起きず、ボーッとしている時にふと新聞に目をやった時に5cmくらいの小さな広告で「ソプラノサックスに似た音色」というベノーバの広告が目に入ったことだった。そのときに「そうだ昔からソプラノサックスを吹きたいと思っていた」ことを思い出したのだ。どうせ死んでしまうならやりたいことをやろう!と次の日にはヤマハ音楽教室に行っていた。
ココりんさんは何がきっかけになったのかわからないが、サックスプレイヤーになることを決意して休職をして練習をしているそうだ。Youtubeで演奏を発表しているが、私と同じ2年9ヶ月の経験でも実力は雲泥の差だ。ということでココりんさんの投稿はとても刺激になる。私もいつの日か、人を感動させることができる演奏を行いたいと思っている。
NHK土曜ドラマ「リラの花咲くけものみち」
以前、ブログで同名の本の紹介をした。2025年2月に3週連続でテレビドラマとして発表された。ドラマとしては高い評価だったようだ。最終話の牛の難産介助のシーンはまるで自分の経験したことを再現しているようでとても驚いた。そして感動した。主人公もこの経験で大動物獣医になることを決断した。
しかし私はやはり原作の本の方が良いと思った。原作者の繊細な感情描写と正確な記載が心に響いた。私の勧めで本を読んだ人に感想をきいたら、やはり通勤中に感涙してしまった人が多くいた。
ということでドラマを観て良いと思った人は是非、原作本も読んで欲しい。また内容とは関係がないが、ドラマでは北海道の自然、動物の描写がとても美しく印象的に使われていた。
読書記録「最高の死に方をするための最高の生き方」並木良和著
たぶん2年ほど前に一度読んだが記録をつけるのを忘れてまた読み返した。1回目と心の状態が違ったせいか、すんなりと内容が染み込んだ。この本の著者である並木良和さんをはじめこの手の内容の本を多く読んでいるので慣れてはいるのだが、息子が亡くなってから3年経ったせいか、とても冷静に読むことが出来たと思う。
「愛をベースに生きる」
どの本にも書かれているテーマである。私はまだ未熟なので、このテーマを具体的にイメージすることができない。今回、やっとイメージと理解ができたのは「許す」ということだ。「許す」とは囚われていることから自分を解放することらしい。例えば、ほとんどの人はひとから嫌なことをされた経験を持っていると思う。「許す」とは、そのような人を許すのではなく、自分に嫌なことをした人とは二度と会わないと自分が決断するということである。それはすなわち「自分に嫌な思いをさせない」と自分自身が決めることである。2回目の読書でやっとこのことが理解できた。
「この世界は仮の世界」
これもたくさんの本に書かれていることだ。でもこれも自分には全くイメージすることは出来ない。だってこの今の世界しか経験していないのだから(その前の記憶がまったくないので)仕方がない。これが本当のことならば、次の世界に行った時に、いまの世界で体験したことは思い出すことができるのだろうか?
「地球を卒業したら別の星を選択できる」
自分はまだこの地球で体験すべきことがまだまだたくさんあると思っている。とにかく次の人生では、自分の子供すべてを成人させて、そして自分が先に死ぬということを経験したい。なのですぐにはこの地球を卒業できない。このほかにもまだまだ経験すべきミッションがあるので、地球人卒業はだいぶ先になりそうだ。
読書記録「ソウルメイト 魂の伴侶」ブライアン・L・ワイス著
「前世療法」で有名なブライアン・L・ワイス博士の3冊目の著書である。日本語訳は山川紘矢・亜希子である。この二人はスピリチュアル系の本を訳したら右に出るものはいないと思う。実は10年ほど前に一度読んだのだが、この10年間に色々なことがありすぎて、改めてこれまに起こったことを思い出しながら、今度は噛み締めるように読んだ。
ワイス博士は精神科医で大学でも教鞭をとっていた医師である。著書「前世療法」では、彼の患者が催眠療法中に前世の記憶を鮮やかに語りはじめたことから始まる。それまでの催眠療法は幼いときなどの記憶がはっきりしない時代に遡り、精神疾患の治療を行う方法であった。しかしワイス博士の患者は、その本人が産まれる以前の前世および過去世の記憶までも思い出してしまった。しかも過去世で問題となった事由がはっきりすると、患者の症状は改善することが分かった。
本書ではその「前世療法」により過去の時代に何度も出会っている「ソウルメイト」の話が中心である。今世を生きている我々は、いま出会っている人たちしか認知できないが、実はその中には過去世に何度も出会っている「ソウルメイト」がいるそうだ。日本のことわざに「袖ふれあうのも他生の縁」というものがある。「他生」とは今世以外の過去世に出逢っている「縁」のある人なのだよということである。
確かに何故か気になってしまう人や、家族以外でも守護霊みたいに陰ながら手伝ってあげたいという気持ちが働く他人がたまにいる。理由は特にないので過去世でなにか特別の縁があった人なのかもしれない。人の出会いは偶然ではなくて、すでに予定されているものらしい。そのようなストーリー(物語)を自ら作って今世に再び生まれ出てくるらしい。本当かどうかは証明はできないが、そう考えると「魂」は永遠のもので、何度も生まれ変わることで「魂」が成長しているようだ。
いまの私は何度目の人生なのか分からないが、次の人生は結構早めにやってくるような気がする。なぜなら60歳にはなったが、すでにいまの人生ではやり直すことができない事柄がはっきりしているからだ。一つ目は2年前に20歳で息子を病気で亡くし、その成長を見届けることができなかったことだ。幸いにもう一人の女の子は健康で順調に育ってくれている。私が生きているうちに子供が欠けてしまうということは予想もしていなかった。これは今世の私にとって最大の心の傷になってしまった可能性が高い。それもあって、次の人生では子供全員を無事に育て上げたい。そして私が先に天国に行きたい。二つ目は、好きで結婚したのに、夫婦関係が上手く行かないことだ。街を歩いていると、歳を取っても手をつないで歩いている夫婦に出逢うときがある。また夫婦揃って買い物にいったり旅行に行ったりしている。残念ながら我々は出来ていない。たぶん自分に原因があるのだと思うのだけど、これから修復するのは難しいかも。解決するために良いアイディアが全く浮かばない。ということで次の人生では、死ぬまで「ラブラブ」な夫婦になってみたい。こう考えると私の願いって、家族のことだけだということがはっきりした。
「ソウルメイト」は必ず結婚するとは限らないそうだ。自分の親であったり、兄弟であったり、子供であったりするそうだ。私にとって「ソウルメイト」は誰なのか分からないが、おそらく家族をはじめとする、比較的近い人たちがその可能性が高いのであろう。 日本でこの「前世療法」が受けられるのか分からないが、いま出逢っている人たちが、過去にどのような関係だったのかとても知りたい。